「覚えてる中で一番気持ちよかった勝利」

お題「試合に出た時の思い出話」

以前、とある高校生大会に出場したときのこと。順調に予選を勝ちぬき、準決勝で県内の某校に通う強豪、A君と当たった。彼とは小学校時代から面識があり、研修会に通っていた期間が被っていたり、同じ教室に通っていた時期もあり、割と仲良くさせていただいていた。ところが、対局するとなると話は別。プレイヤーというのは不思議なもので、仲が良いほど力が入り、闘志を燃やすものだ。この対局もその例にもれず、絶対に負けないぞ、と気合を入れて臨んだ。しかし、それが空回りしてこちらが序盤に見落としをし、早々に劣勢に陥った。まずいな……と感じつつも、上手い打開策が見つからず時間がすり減っていく。考えるのを中断し、彼の背後に目を向けてみた。するとそこには、彼と同じ高校に通う将棋部の女子部員が何人もいた。僕らの盤面をチラチラと見ながら、何かを小声で話していた。対して、僕の高校の将棋部員の姿は見受けられなかった。(僕の背後にはいたのかもしれないが)その様子を見て、この将棋を負けるわけにはいかない、との思いが唐突に、それでいて急速に湧き上がってきた。なぜそういう風に思ったのかは、今となっては覚えていない。「チヤホヤされやがって」という、今から考えればひどく子供じみた、バカみたいな考えがあったのかもしれないし、ただ単純に、A君が優勢だと思われる局面から逆転しようという、プレイヤーとしての本質的な考えだったのかもしれない。ともかく、やる気が出た僕はそこから粘り続け、形勢は混沌としていく。時間切迫の中、逆転と再逆転を繰り返してい。そして最終盤。両者の持ち時間が数秒となり、時計の叩き合いに突入した。ギリギリの攻防を制したのは果たして、僕の方だった。対局の終了を見届けたA君の学校の将棋部員が去っていく。心なしか、その後ろ姿は落胆しているように見えた。流石に疲れた対局だったが、勝ってよかった、と心から思った。